本宗の正式名称は日蓮宗です。本宗の名称は、開祖である日蓮聖人に由来しています。
日蓮宗
日蓮宗は、日本の鎌倉時代、建長5年(1253年)4月28日に開かれました。 日蓮聖人が千葉県清澄山(清澄寺)の旭森において、初めて「南無妙法蓮華経」のお題目を唱え、本宗の開宗を宣言されました。
御本尊
御本尊は日蓮宗の信仰の拠り所であり、礼拝の対象です。 これは久遠の昔に悟りを開かれた永遠の釈迦牟尼仏を表しており、仏の涅槃の境地を象徴する神聖な曼荼羅として書き顕されたものです。
日蓮宗の精神的基盤
日蓮宗は、お釈迦様が法華経(妙法蓮華経)で説かれた教えを究極の教えとして開かれました。 この経典は、すべての生とし生けるものが成仏できること、そして釈迦牟尼仏は、私たちが仏道を成就できるよう、場所や区別を問わず、すべての衆生のために絶え間なく働き続ける神聖な仏であることを教えています。
法華経が優れている理由
お釈迦様が明確に説明されているように、法華経が究極の教えとされる理由は、多くの教えの中で、ご自身が到達した悟りの真実を明らかにしているのはこの経典だけだからです。 このテキストでは、お釈迦様だけでなく、過去・現在・未来の三世の諸仏も、法華経を説くためにこの世に出現されたことが明確に示されています。
法華経の重要性
この神聖なテキストである「妙法蓮華経」は、西暦400年頃に中央アジアの僧である鳩摩羅什(くまらじゅう)によって漢訳され、日本では省略して「法華経」と呼ばれています。 このテキストの一本は28品(章)8巻から成ります。
法華経の要約
お釈迦様が長年にわたり編纂された前半14品(迹門)において、衆生を導くための「方便」の教えを説明されています。 正しい悟り(三菩提、正覚)を求める人々に向けられたものであるため、法華経のこの部分は「一仏乗」、すなわち悟りへの唯一の道という概念を教え、彼らのニーズに応えるものとなっています。 なぜなら、すべての存在はこの教えの前に平等であり、必ず全員が成仏できると説いているからです。
後半14品(本門)において、悟りを開かれたお釈迦様は、ご自身が真に久遠の過去から未来へと続く、始まりも終わりもない仏であることを説明されています。 また、お釈迦様は、無数の劫にわたって弟子であった上行菩薩を筆頭とする、大地から出現した無数の菩薩(地涌の菩薩)に対し、ご入滅後に法華経を世界中に広めるよう託されたことも説明されています。
上行菩薩と日蓮聖人
上行菩薩は、お釈迦様のご入滅から2000年後の「末法」と呼ばれる濁世に出現すると予言された菩薩です。 ここで、この菩薩は聖人・釈迦牟尼の精神に従い、法華経を武器として仏道修行に励むことになります。 しかし、この経典では、この末法の世に法華経を弘通し教える際、必ず迫害に遭うことも説明されています。 法華経の教えを広めるためには、この弾圧に直面しても、殉教に至るまで決意を揺るがせてはならないのです。
この法華経の予言に従い、日蓮聖人は鎌倉時代(1185-1333)の末法の始まりに生まれました。 このテキストを説くにあたり、聖人は度重なる迫害を受け、一時はそのために殉教しかけました。 最終的に、日蓮聖人がご自身こそ上行菩薩であると自覚されたのは、法華経に説かれた道筋を追求する中でのことでした。
日蓮宗の信仰の基盤
日蓮聖人が殉教しかけた神聖な祈りを朝夕に唱えることこそが、日蓮宗の信仰の基盤を形成しています。 御本尊に向かい、しっかりとした明確な声で「南無妙法蓮華経」のお題目を一心に唱えることによって、安らぎの世界が顕現するのです。
この祈りの功徳
法華経はお釈迦様の生涯の教えの神髄であり、その題名である「妙法蓮華経」は仏の魂そのものです。 「妙・法・蓮・華・経」の五文字には、仏のすべての功徳が含まれているからです。 これを通じて、妙法蓮華経の恵みに育まれ、私たちも「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えることによって成仏することができるのです。
寺院と檀信徒
身延山の総本山久遠寺をはじめ、小湊の誕生寺(生誕の地)、池上の本門寺(入滅の地)など、日蓮聖人ゆかりの有名な寺院があり、北海道から沖縄まで日本全国に多数の寺院が存在します。 さらに、ハワイ、南北アメリカ、韓国にも寺院があり、その数は合計で5,300ヶ寺以上になります。
これらの主な目的は、信仰の弘通と布教活動です。 日蓮宗の檀信徒数は500万人以上に及びます。 彼らの信仰の中心地は身延山久遠寺であり、日蓮宗の事務統括センターは日蓮宗宗務院です。
〒409-2593 山梨県南巨摩郡身延町身延3567
電話: 05566-2-1011
〒146-0082 東京都大田区池上1-32-15
電話: 03-3751-7181
本宗の運営は、東京都大田区池上にある日蓮宗の宗務行政機関によって行われています。 ここは日本全国のすべての日蓮宗寺院の本部であり、管理、人材育成、弘通および布教活動、社会福祉事業、そして日蓮宗の組織発展の統制などの業務を担っています。
現在、日蓮宗が取り組んでいること
2002年は、日蓮聖人が立教開宗されてから750年目の節目の年となります。 この記念すべき年に向けて日蓮宗を護持し発展させるための運動の中で、お題目の力が広まるよう、現在、総力的な布教運動が展開されています。 「南無妙法蓮華経」のお題目を通じて、この運動は人々の心の浄化だけでなく、社会、そして世界全体の浄化、すなわち平和と相互理解の世界を目指しています。
創価学会は日蓮宗ではありません
創価学会を日蓮宗と同じ宗教宗派だと信じている人が多くいますが、実際には全く異なる宗派です。 「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えるという点は両者ともに同じですが、創価学会は、大石寺を総本山とする日蓮正宗の名を騙る分派グループです。 この組織が日蓮聖人の真の教えに反している理由は数多くありますが、主な例として以下の2つが挙げられます。
- 永遠の仏としての日蓮聖人: 日蓮聖人は、お釈迦様が久遠の昔に悟りを開かれ、永遠の仏となられたことを、私たちの信仰の拠り所(本尊)として礼拝しなければならないと明確に主張されました。 しかし創価学会は、お釈迦様を過去の脱ぎ捨てられた歴史上の仏と見なし、日蓮聖人を久遠の昔に悟りを開いた仏としています。
- 身延山の否定: 日蓮聖人は弟子たちに「私の弟子や檀信徒は、信仰の最高の源であるこの霊場(身延山)へ必ず参詣しなければならない。私の魂はここ身延山に永遠に留まるであろう」と語られました。 遺言として、日蓮聖人はご自身がどこで入滅しようとも、お墓を身延山に建てるよう求められました。 その遺志に従い、日蓮宗は今日に至るまで身延山を護り続けています。 しかし創価学会は、日蓮聖人のご遺骨やお墓は身延山にはないと主張しています。 このような主張は、日蓮聖人の言葉を踏みにじるものです。
最後に、日蓮聖人の教えを純粋かつ忠実に提唱しているのは日蓮宗だけです。 日蓮宗は、700年以上にわたるこの遺産を守るという使命の、唯一無二の継承者なのです。
年表
| 1222年(貞応元年) | 千葉県小湊にてご誕生。 |
| 1253年(建長5年) | 諸宗の仏教思想を14年間学んだ後、日蓮宗の開宗を宣言。この時、聖人32歳。 |
| 1260年(文応元年) | 39歳で『立正安国論』を著述。 |
| 1260年(文応元年) | 松葉ヶ谷にて襲撃を受け、草庵が焼き討ちに遭う。 |
| 1261年(弘長元年) | 伊豆国伊東へ流罪となる。 |
| 1264年(文永元年) | 小松原にて、地頭の東条景信率いる武士団から襲撃を受ける。 |
| 1271年(文永8年) | 龍ノ口の刑場にて斬首されそうになるが、奇瑞により難を逃れる。 その後、佐渡島へ流罪となる。 同地で『開目抄』『観心本尊抄』を著述し、初めて大曼荼羅「南無妙法蓮華経」を顕す。 |
| 1274年(文永11年) | 佐渡流罪を赦免され、鎌倉に戻った後、身延山へ入る。 |
| 1282年(弘安5年) | 日蓮聖人は身延山を出て池上に向かい、武蔵国・池上宗仲の館にて61歳で入滅。 |
『観心本尊抄』
1273年4月25日、佐渡島で書かれた日蓮聖人の最も重要な著作。 この時、聖人52歳。 この中で、観心(心の観察)と真の礼拝の拠り所(本尊)について説かれています。
表紙と裏表紙に描かれている絵は、日蓮聖人の有名な註釈付き絵伝『日蓮聖人註画讃』から引用された、龍ノ口での処刑場面の一つです。
〒103 東京都中央区小伝馬町3-2
電話: 03-661-3996
社長 小島磯男氏